凸凹ADHD

 

あれはバレンタインデーの夜でした。仕事から帰り、何気なく冷蔵庫を開けると、そこには僕の好きなビールが一本、冷えていました。そして、小さなメッセージカードが添えられていました。

そこに書かれていたのは、たった一言。

「いつもパシリありがとう」

その言葉を見た瞬間、僕の心に湧き上がった感情。
それは、屈辱でも、怒りでもありませんでした。
紛れもなく、「喜び」だったのです。

はじめまして、「凸凹ADHD」のデコさんです。これは、僕の自己肯定感が落ちていた頃の、少し歪で、恐ろしい物語です。そして、もしあなたが今、不健全な関係性に息苦しさを感じているのなら、この記事が、そこから抜け出すためのきっかけになるかもしれません。

「周りを気にしない僕」と「世間体を気にする妻」

僕は、良くも悪くも、周りの人からどう思われるかを、あまり気にしないタイプの人間です。これは、ADHDの特性の一つである「衝動性」や「独自の価値観」と関連しているのかもしれません。自分の「やりたい」という気持ちに、素直に従って生きてきました。

一方、元妻のミキちゃん(仮)は、全く逆のタイプでした。彼女は、周りからどう見られるか、世間一般の「常識」や「普通」から外れていないかを、非常に気にする人でした。

この根本的な価値観の違いが、僕らの関係性に、静かに、しかし確実に亀裂を入れていきました。僕の悪気のない、しかし衝動的な言動。計画性のない、行き当たりばったりな行動。それら全てが、彼女の目には「常識のない、恥ずかしい行動」と映りました。いつしか、僕は彼女にとって「正すべき対象」となり、家庭内での僕の立場は、どんどん弱くなっていったのです。

「ごめんなさい」から始まる、埋め合わせの優しさ

ADHDの特性を持つ僕らは、日常生活の中で、人より多く謝る機会があります。
「忘れてて、ごめん」
「遅れて、ごめん」
「またミスしちゃった、ごめん」
その「ごめんなさい」が積み重なるたびに、心の中では、「“普通”の人より、何かが足りない」という、漠然とした劣等感が育ちます。その劣等感は、いつしか「足りない分、何かで埋め合わせをしなくては」という、奇妙な義務感に変わっていったのです。彼女が作った無数の「ルール」と、彼女が定義する「普通」。その中で、僕は「ダメな人間」というレッテルを貼られました。家庭内のタスクに特に苦手意識が高かった僕は、彼女の指示通りに動くことが、その時の「最善の選択」だと思えました。

「ちょっと、コンビニでアイス買ってきて」
「お菓子、あれが食べたいんだけど」

彼女にそう言われると、僕はすぐに近くのコンビニに向かっていました。それは、日々の失敗で生まれた「負債」を、少しでも返済したいという、必死な気持ちからの行動でした。
「これで、少しでもミキちゃんの気が紛れればいいな」と。
僕の「優しさ」は、いつしか、罪悪感の裏返しになっていたのです。

屈辱に満ちた「喜び」の正体

そんなある日、冒頭の出来事が起きました。バレンタインデーに、僕の好きなビールと、「パシリありがとう」というメッセージ。

「パシリ」。

それは、本来であれば、人を侮辱し、見下す言葉です。しかし、あの時の僕は、その言葉に、確かに「喜び」を感じてしまったのです。

なぜか。

それは、僕の自己肯定感が、完全に枯渇していたからです。
毎日、地味に否定され続けることで、僕は、どんな形であれ「承認」に飢えていました。
「パシリありがとう」という言葉は、歪んではいるけれど、紛れもなく、僕の行動に対する「認知」であり、「感謝(のようなもの)」でした。
「ああ、僕のやっていることは、ちゃんと彼女に届いていたんだ」

その、ほんのわずかな施しのような承認に、僕の心は、哀しいほど簡単に、満たされてしまったのです。今思えば、本当に、怖い話です。

もし、あなたが今、承認に飢えているのなら

もし、あなたが今、かつての僕のように、パートナーから正当に扱われず、自己肯定感を搾取されているのなら。どうか、思い出してください。あなたが求めているのは、相手からの施しのような「承認」ではありません。あなたが本当に必要としているのは、まずあなた自身が、あなたを承認してあげることです。

「周りの目を気にしなくても、自分は自分のままでいい」
「苦手なことがあっても、得意なことで輝けばいい」
「たとえ誰かに『ダメだ』と言われても、自分だけは自分の味方でいよう」

その、自分自身への揺るぎない「承認」の土台があって初めて、僕らは、他者と対等で、健全な関係を築くことができる。歪んだ喜びで、心の渇きを癒すのは、もう終わりです。

僕らは、誰かの「パシリ」になるために生まれてきたわけじゃない。自分自身の人生の「主人公」になるために、生まれてきたのですから。

【ADHD離婚シリーズ】

①一つのことにしか意識を向けられない不器用な真実
②「寄り添ってほしい」と言われた僕が、途方に暮れるしかなかった理由
③僕の「得意なこと」は、なぜ努力として認められなかったのか。
④「それくらい自分で考えて」が、僕には一番難しい呪文だった。
⑤なぜ僕は「名もなき家事」が全く見えなかったのか。
⑥なぜ僕らは、「二人でいる時」が一番孤独だったのか。
⑦妻のイライラから「逃げる」以外の選択肢を、なぜ持てなかったのか。
⑧なぜ僕は、妻からの「パシリありがとう」に喜んでしまったのか。

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