凸凹ADHD

 

なぜ僕は「名もなき家事」が全く見えなかったのか。
【ADHD離婚⑤】

「あなたって、本当に“言われたことしか”やらないよね」
かつてのパートナー、ミキちゃん(仮)に、軽蔑とも呆れともつかない表情でそう言われた時のことを、今でも時々思い出します。

はじめまして、「凸凹ADHD」のデコさんです。これは、僕の後悔の記録であり、今まさに同じ悩みを抱えているかもしれない、あなたへの手紙です。シリーズ第五弾のテーマは、家庭という共同生活の場で、僕の目には全く映っていなかった「名もなき家事」という、巨大な氷山についてです。

??僕の「頑張り」と、彼女の「不満」

当時の僕は、自分なりに家事を頑張っている「良い夫」だと思っていました。仕事から帰れば、毎日夕食を作る。食事が終われば、洗い物を片付け、お風呂掃除もする。ゴミ出しの日には、ゴミをまとめて集積所に持って行く。

事実、友人などにこの話をすると、「デコさんはすごく家事をやってくれる旦那さんだね」と評価されることもありました。しかし、その言葉を聞いた時のミキちゃんの、冷たく、怒りに満ちた表情を、僕は忘れることができません。

彼女からすれば、僕のやっていることなど、ほんの一部に過ぎなかったのです。
「床に落ちてるゴミ、なんで見て見ぬふりするの?」
「テーブルの上が散らかってるの、気にならないの?」
彼女の不満は、常にそういった部分に向けられていました。

トイレットペーパーが無くなれば、僕も交換はします。でも、その予備を補充しておくという、一つ先の行動ができない。彼女に指摘されれば片付けられるけど、指摘されなければ、僕の目には散らかった部屋が「風景」としてしか映らないのです。

僕がこなしていた「料理」「洗い物」「ゴミ出し」「お風呂掃除」という明確な名前のついたタスクと、彼女が一人で背負っていた無数の「名もなき家事」の間には、あまりにも大きな隔たりがありました。

??ADHDの脳には「見えないタスク」

なぜ、僕の目には「名もなき家事」が映っていなかったのか。
それは、僕が怠惰だったからでも、彼女を軽んじていたからでもありません。ADHDという自分の特性を知った今なら、その理由を説明できます。
僕の脳は、「ゴールが明確で、達成感のあるタスク」には、驚くほどの集中力(過集中)を発揮します。
「美味しい夕食を作る」というタスクは、創造的で、完成形がはっきりしていて、「美味しい」という直接的な報酬(ドーパミン)も得られる。だから、僕にとっては比較的取り組みやすいものでした。
しかし、「名もなき家事」は違います。
それらは、ゴールが曖昧で、終わりがなく、やっても誰にも褒められず、できていて当たり前とされるタスクです。
僕の脳は、そういった「報酬の少ない、地味なタスク」を、処理すべき「重要情報」として認識しづらいのです。
床に落ちているゴミは、僕の意識のフィルターを素通りしてしまう。トイレットペーパーのストックを気にするという思考回路が、僕には備わっていなかった。悪気なく、本当に「見えていない」。
この絶望的な事実が、僕らの間の溝を、静かに、しかし着実に深めていきました。

?氷山の一角しか見ていなかった僕
家庭という船を動かすために必要な「家事」というエネルギー。その全体像は、巨大な氷山のようだったのだと、今なら分かります。僕が担当していた「料理」や「ゴミ出し」は、海の上に見えている、氷山の一角に過ぎませんでした。そして、その海面下には、「トイレットペーパーの在庫を気にする」「子どもの翌日の着替えを準備する」「洗剤のストックを確認する」「落ちているゴミを拾う」といった、無数の「名もなき家事」という巨大な氷の塊が隠れていたのです。ミキちゃんは、たった一人で、その巨大な氷の塊を、毎日必死に押していた。
その大変さに気づかず、自分は氷山の一角を運んでいるだけで「貢献している気になっていた」僕の姿は、彼女の目にどれほど無責任で、身勝手に映っていたことでしょう。

??もし、あの頃に戻れるなら
あの頃の僕は、「言われないとやらない」自分を棚に上げ、「なんでそんなに不機嫌なんだ」と彼女を責めることさえありました。もし、ADHDという自分の脳の特性を理解した今の僕が、あの頃に戻れるなら。僕は、自分の「見えていなさ」を、まず正直に認めて、こう提案するでしょう。
「ごめん。僕の脳は、どうやら『名前のない仕事』を認識するのが、極端に苦手みたいなんだ。これはミキちゃんをないがしろにしているわけじゃない。僕の脳の、生まれ持った『特徴』なんだ。
だから、僕に『見て見ぬふりをするな』と期待するのではなく、二人で『名もなき家事を、名前のあるタスクに変える』という仕組みを作ってみるのはどうかな?
例えば、冷蔵庫に大きなホワイトボードを貼って、『やるべきこと』を全て書き出してみる。
『トイレットペーパー補充』『テーブルの上を拭く』…そうやって、君が一人で抱え込んでいる全ての『名もなき家事』を、僕にも見えるようにしてほしい。そうすれば、僕はそれを『達成すべきクエスト』として認識できる。
そして、僕がそれを一つ完了させるたびに、どうか『ありがとう』と一言だけ、声をかけてくれないだろうか。その一言が、僕の脳にとっては最高の報酬になり、次の家事へのモチベーションになるんだ」と。この、「タスクの可視化」。たったそれだけのことが、あの頃の僕らにできていたなら。

もちろん、これだけで全てが解決したわけではないでしょう。彼女が僕に抱いていた嫌悪感。僕が彼女に感じていた苛立ち。すれ違い続けた心は、簡単には元に戻らなかったかもしれません。

しかし、僕らは、お互いを「無責任な人」「不機嫌な人」と傷つけ合うのではなく、ただ「特性の違う二人が、一つの船を動かそうと奮闘しているチームメイト」としてお互いを見つめなおすことができたかもしれません。

【ADHD離婚シリーズ】
①一つのことにしか意識を向けられない不器用な真実
②「寄り添ってほしい」と言われた僕が、途方に暮れるしかなかった理由
③僕の「得意なこと」は、なぜ努力として認められなかったのか。
④「それくらい自分で考えて」が、僕には一番難しい呪文だった。
⑤なぜ僕は「名もなき家事」が全く見えなかったのか。
⑥なぜ僕らは、「二人でいる時」が一番孤独だったのか。
⑦妻のイライラから「逃げる」以外の選択肢を、なぜ持てなかったのか。
⑧なぜ僕は、妻からの「パシリありがとう」に喜んでしまったのか。

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