
一つのことにしか意識を向けられない不器用な真実
【ADHD離婚①】
「私がこの前話したこと、また聞いてなかったでしょ!」
かつての僕は、この言葉を突きつけられるたびに、心の中でこう反論していました。
「いや、そもそも聞いていない。ミキちゃんが話したつもりでも、僕の耳には届いていないんだ」と。
はじめまして、「凸凹ADHD」のデコさんです。
僕には、離婚の経験があります。そして、その関係が静かに、しかし確実に壊れていったあの頃、僕はまだ、自分がADHDの特性を持っていることに全く気づいていませんでした。
だから、なぜ僕らの会話がいつも空回りするのか、その根本的な原因を解明できなかったのです。「性格の不一致」という、ありきたりな言葉で片付けるしかありませんでした。
もし、ADHDという自分の「脳の特性」を理解した今の僕が、時間を戻し、あの頃の彼女と向き合えるとしたら。
伝えたいことが、たくさんあります。
これは、僕の後悔の記録であり、今まさに同じ悩みを抱えているかもしれない、あなたへの手紙です。当時の妻をミキちゃん(仮)としています。
シリーズ第一弾として、まず僕が伝えたかったのは、「僕の脳は、一つのことにしか意識を向けられない」という、不器用な真実についてです。
あなたの声が「背景音」に変わる瞬間
「話を聞いていない」と責められるたび、僕は心から困惑していました。
彼女を無視するつもりなど毛頭なく、むしろ彼女の話を誰よりも真剣に聞きたいと、いつも思っていました。
しかし、今なら分かります。
僕の脳は、どうやら一度に一つのことしか、意味のある「情報」として処理できないようなのです。
例えば、洗い物をしている時に、彼女が話しかけてくる。
その瞬間、僕の意識は100%、洗い物に占有されています。彼女の声は確かに耳に入ってきますが、僕の脳にとっては、それはエアコンの作動音や、窓の外を走る車の音と同じ、意味を持たない「背景の音(ノイズ)」として処理されてしまうのです。
スマホの画面に集中している時も、仕事のことを考えている時も、原理は同じでした。僕の意識がたった一つの別の物事に向いているだけで、彼女の大切な言葉は、僕の脳の「受付」を素通りし、どこかへ消えてしまっていたのです。
決して「無関心」だったわけではありません。
ただ、僕の脳が、同時に二つのことを意味のある情報として処理できない、そういう特性を持っていただけなのです。
すれ違いを生んだ、たった一つの誤解
この特性を知らなかったあの頃、僕らの間には、悲しい誤解が生まれました。彼女は、僕が生返事をするたびに、「私の話は、あなたにとって価値がないんだ」と感じ、深く傷ついていたことでしょう。
一方の僕は、「ちゃんと聞こうとしているのに、なぜか集中できない自分」に苛立ち、そんな自分を理解してくれない彼女に対して、「なんでそんなに怒るんだ」と不満を募らせていました。
お互いを大切に想う気持ちがあったはずなのに。
この「脳の特性の違い」という、ただそれだけの事実を知らなかったことで、僕らの心は少しずつ、しかし確実に離れていってしまったのです。
もし、あの頃に戻れるなら
もし、ADHDだと知っていたあの頃の僕が、彼女にこの事実を伝えられるなら。僕は、こうお願いするでしょう。
「ごめん。僕の脳は、何かをしながら、ミキちゃんの話を聞く、という器用なことができないみたいなんだ。これは、僕の意志や、ミキちゃんへの愛情の問題じゃない。ただ、そういう『クセ』なんだ。
だから、もし大事な話がある時は、一つだけお願いがある。
『ねえ、今ちょっといい?』と、まず僕の名前を呼んで、僕の注意をミキちゃんだけに向けてくれないか。
僕が洗い物やスマホやから顔を上げて、ミキちゃんの目を見たのを確認してから、話してほしい。そうすれば、僕はミキちゃんの声だけを、大事な情報として、全力で聞くことができるから」と。
もちろん、この一言を伝えたからといって、全てが解決したわけではないでしょう。
彼女が僕に抱いていた嫌悪感。僕が彼女に感じていた苛立ち。すれ違い続けた心は、簡単には元に戻らなかったかもしれません。
でも、少なくとも、僕らは同じ「地図」を見ることができたはずです。
なぜ僕らの会話が噛み合わないのか。その原因が「愛情の欠如」ではなく、「脳の特性の違い」という、ただそれだけの事実なのだと。
その共通認識の上に立てていれば、僕らは、お互いを責め合う不毛な争いから、一歩抜け出せたのかもしれません。
【ADHD離婚シリーズ】
①一つのことにしか意識を向けられない不器用な真実
②「寄り添ってほしい」と言われた僕が、途方に暮れるしかなかった理由
③僕の「得意なこと」は、なぜ努力として認められなかったのか。
④「それくらい自分で考えて」が、僕には一番難しい呪文だった。
⑤なぜ僕は「名もなき家事」が全く見えなかったのか。
⑥なぜ僕らは、「二人でいる時」が一番孤独だったのか。
⑦妻のイライラから「逃げる」以外の選択肢を、なぜ持てなかったのか。
⑧なぜ僕は、妻からの「パシリありがとう」に喜んでしまったのか。