凸凹ADHD

 

なぜ些細なことから喧嘩になる?
【ADHDと結婚②】

 

「ねえ、あの請求書、払ってくれた?」

かつて、元妻にこう言われたのを思い出します。
その、何気ない一言に焦るのです。
忘れていた。綺麗さっぱり、忘れていた。

「…ごめん、忘れてた」

その言葉を聞いた、彼女の顔に浮かぶ、深い、深いため息。
そして、彼女は、こう続けるのです。
「どうして、いつもそうなの?」
「私が、全部、覚えてなきゃいけないの?」

今思えば、わかりやすいほどにADHDな自分とそうでない彼女のやり取り。しかし当時の自分には彼女の言葉がナイフのように突き刺さり、僕の心の中では警報が鳴り響く。
「また、責められた」
「しかも、毎回、よくそんな嫌な言い方できるな」と。
そして、僕の口からは、
自分でも意図しない言葉が、飛び出してしまう。
「今、やろうと思ってたんだよ。」
「そんなことぐらいでヒステリックになるなよ。」と。

はじめまして、「凸凹ADHD」のデコさんです。 今日は、ADHDのパートナーシップで、なぜこんなにもささいな出来事が、大きな出口のないケンカに発展してしまうのか。 その悲しい「負のループ」の正体と、そのループを、断ち切るための「鍵」についてお話しします。

ADHDの専門家、メリッサ・オーロブ氏(Melissa Orlov)はこちらの動画の中で、僕らのようなミックスドカップル(ADHD当事者と、定型発達のパートナー)が陥る関係性のパターンは、非常に予測可能だと言います。 それは、「症状→誤解→絶望」という、悲しい無限ループです。

1. まず、僕のADHDの「症状」が現れる
(例:注意散漫さから、大事な請求書の支払いを、忘れてしまう)

2. パートナーが、それを「誤解」する
ADHDについての、深い知識がなければ。 パートナーは、その「忘れっぽさ」を、「彼は私のこと、そして二人の生活を、大切に思っていないんだ」と解釈してしまいます。 それは、決してパートナーが悪いわけではない。 ある意味、そう結論づけてしまうのは普通です。

3. その「誤解」が、パートナーの「行動」になる
あなたは、傷つき、そして、不安になります。 そして、彼にもっと、しっかりしてほしい、という願いから、彼を「責める」という行動に出てしまう。 「どうして、いつも、そうなの?」と。

4. パートナーの言葉が、ADHDの僕の「心の地雷」を踏む
その「正論」を、「君は、ダメな人間だ」という、人格への「攻撃」として、誤って受信してしまいます(RSD)。 そして、その、耐え難い「痛み」から、自分自身を守るために、心を閉ざすか、あるいは、「言い訳」や「反撃」という、未熟な方法で防衛してしまうのです。

そして、いつしか、二人の争点は、「請求書を忘れた」という、最初のささいな事実から、「お互いを、どう傷つけ合ったか」という、全く別の出口のない戦いへと変わってしまっている。 これこそが、ADHDとそのパートナーの愛を少しずつ、蝕んでいく「負のループ」の正体です。

僕は離婚の淵で、このループの中で完全に溺れていました。 元妻の、全ての言葉が、僕への「攻撃」のように聞こえ、僕は、ただ必死に自分を守ることしか考えていなかった。 彼女もまた、僕の全ての行動が、「愛情のなさ」の証明に見え、深く絶望していたのだと思います。

僕らは、二人とも悪くなかった。 ただお互いの「脳の言葉」を、翻訳する方法を知らなかった。それだけなのです。

では、どうすれば、僕らは、この、悲しいループを、断ち切ることができるのでしょうか。 その鍵は、パートナーと、僕ら当事者の、両方が、ほんの少しだけ、視点を変えることにあります。

まず、パートナーである、あなたができること。 それは驚くほどシンプルです。 あなたが彼の「症状」を彼の「愛情」と切り離すということです。

次に、彼が、何かを、忘れてしまった時。 あなたの心に、「どうして!」という、怒りがこみ上げてきた、その、0.5秒後。 心の中で、こう、唱えてみてください。「これは、彼の『特性』だ。私への『愛情』とは、全く、関係ない」と。

この、たった一つの「思考の転換」が全てを変えます。 なぜなら、その瞬間、あなたは、彼を「責める」以外の「選択肢」を、手に入れることができるからです。

「ああ、そっか。忘れてたんだね。じゃあ、今、一緒に、やっちゃおうか」

そのあなたの温かい一言は、彼の固く閉ざされた心の扉を、いとも簡単に、開けてしまうでしょう。 なぜなら、その言葉は、彼にとって、「批判」ではなく、「僕の、この、どうしようもない不器用さを、この人は、理解してくれている」という、最高の「安心」として、届くからです。

そして、ADHD当事者である、僕らができること。パートナーが、「どうして、いつも、そうなの?」と、責めるような口調になった時。 僕らの脳の「警報システム」がけたたましく鳴り響きます。「攻撃されている!」と。

そのパニックの、0.5秒後。 心の中でこう唱えてみてください。
「これは、僕への『攻撃』じゃない。彼女の、心の『SOS』だ」と。

彼女の、そのとげとげしい言葉は、あなたを、傷つけるためのものではありません。 それは、「私は、一人で抱えるのがもうしんどいよ」という、彼女の心の悲鳴なのです。

その「翻訳」ができた時、僕らは、「言い訳」や「反撃」以外の、全く新しい「選択肢」を、手に入れることができます。 それは、以前の記事でもお話しした、あの「クッション言葉」です。

「そっか。がっかりさせちゃったね。ごめん」
「一人で、全部、抱えさせてしまっていたんだね。本当に、申し訳ない」

そのたった一言が、彼女の心のトゲをそっと抜き去ってくれるはずです。

ADHDのパートナーシップは、時に困難です。 しかし、その困難は、決して、乗り越えられないものではありません。 僕らが、まずすべきこと。 それは、お互いの「脳の言葉」を、学ぶことです。

ADHDのパートナーのあなたは、彼の「先生」になる必要はない。 あなたは、彼の、最高の「通訳」であり、「理解者」になるのです。 その新しい「共通言語」を手に入れた時、二人はもう敵同士ではない。 同じ問題に、一緒に立ち向かう、最高の「チーム」になっているはずですから。

メリッサ・オーロブ氏(Melissa Orlov)の運営するサイトはこちら

ADHDと結婚シリーズの最初の記事はこちら

【ADHDと結婚シリーズ】
①結婚できますか?
②なぜ些細なことから喧嘩になる?
③ADHDだから仕方ないじゃないか
④ありがとう。でも、僕は子供じゃない。
⑤こんな人とは結婚しないで
⑥「察してちゃん」という名のサイレントテロリスト
⑦ADHDはどんな人と結婚する?

【ADHD離婚シリーズ】過去の自分と向き合った離婚シリーズはこちら
①一つのことにしか意識を向けられない不器用な真実
②「寄り添ってほしい」と言われた僕が、途方に暮れるしかなかった理由
③僕の「得意なこと」は、なぜ努力として認められなかったのか。
④「それくらい自分で考えて」が、僕には一番難しい呪文だった。
⑤なぜ僕は「名もなき家事」が全く見えなかったのか。
⑥なぜ僕らは、「二人でいる時」が一番孤独だったのか。
⑦妻のイライラから「逃げる」以外の選択肢を、なぜ持てなかったのか。
⑧なぜ僕は、妻からの「パシリありがとう」に喜んでしまったのか。

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