
「またADHDが出たよ」と笑っていた僕がそれに向き合うまで
【無自覚ADHD⑤】
「また、やってしまった…」 何度、自分に、がっかりしてきただろう。 周りの人が、当たり前にできることが、自分には、なぜかうまくできない。 その言葉にならない「生きづらさ」の正体を、ずっと探していた。
はじめまして、「凸凹ADHD」のデコさんです。 今日は、この『無自覚ADHD』シリーズの最後の記事を書こうと思います。
僕が、初めて「ADHD」という言葉を知ったのは、2019年の3月でした。 そして、その数ヶ月後には、病院で正式な診断を受け、コンサータという薬も処方されました。
しかし、正直に告白します。 あの頃の僕には、ADHDだと自覚したことが、人生の「攻略本」を手に入れた、などという認識はみじんもありませんでした。 ADHDについて学ぶことが、これほどまでに、自分を知ることに繋がるという感覚もなかった。 対策を立てることや、長所を伸ばそう、という意識も、全くありませんでした。
ただ、「ADHD」という、新しい「名前」が、自分に与えられた。ただ、それだけのことでした。それこそ当時はADHDであるということを言い訳に使っていた記憶もあります。自分が忘れっぽいことをADHDのせいに棚にあげていました。今でも鍵が無い、携帯が無いなどあると「またADHDが出たよ」って笑いにすることもありますが。
僕の、本当の「学び」が始まったのは、つい数ヶ月前のことです。
それは、僕が「このNoteを書こう」と決意した、その瞬間でした。
誰かに、何かを伝えようとする時。 僕らは、まず、自分自身がそれを誰よりも深く、理解していなければなりません。
僕は、このNoteを通して、ADHDの脳の、ユニークな「仕様」について、必死に学びました。そして、学んだことを、自分の、過去の「失敗」と、照らし合わせ、それを、一つの「物語」として、言葉にしていきました。
その、書く、という行為こそが、僕にとって、最高の「自己分析」だったのです。 「ああ、あの時の、僕の行動の理由は、これだったのか」 「僕の、あの弱みは、この強みと、繋がっていたのか」
書けば、書くほど、僕の頭の中の「霧」は、晴れていきました。
僕は、ただ、あなたのために書いているのではありません。
僕は、僕自身を救うためにも書いているのです。
もちろん、この記事を読んでいる、あなたに「僕みたいに、Noteを書きなよ」なんて、言うつもりはありません。 それは、あまりにも、エネルギーのいる作業だからです。
その代わりに、僕から、一つだけ提案があります。もしよかったら、このNoteを読みADHDについて理解を深めてみませんか?これは、ADHDについて知るというよりも、自分自身について知れるという感覚です。この感覚があるのでこのNoteを書くことに、僕の好奇心も沸き上がってくるのだと感じています。
僕が、これから、学び、実践していく、ADHDの「攻略法」。 その、トライ&エラーの全てを、この場所に記録していきます。ADHDの方のためもシステムも開発していますし、今後はリアルにお会いできるような機会も作っていきたいと考えています。
ADHDについて知ることは、決して、言い訳を見つけることではありません。 それは、これまで、僕らを隔てていた、見えない壁の「正体」を知り、その壁を、乗り越えるための、具体的な「橋」を、架ける方法を、学ぶことなのです。
僕の人生は、この「攻略本」を、本気で、読み始めた日から、劇的に、変わりました。 この、僕自身の人生を変えた「知見」を分ち合うことで、暗闇の中で、一人悩み続けている、多くの仲間を、救いたい。その想いこそが、僕が、この「凸凹ADHD」という活動を続ける理由です。
無自覚ADHDシリーズ
①なぜ僕の「正しさ」は、いつも彼女を傷つけたのか
②ADHDだと自覚することは人生の「攻略本」を手にすること
③僕自身がどのようにADHDの自覚を持つに至ったか
④ADHDの方へ人生の「攻略本」をお渡します。
⑤「またADHDが出たよ」と笑っていた僕がそれに向き合うまで