凸凹ADHD

 

僕らが「退屈な時間」に、1秒も耐えられない理由
【凸凹ADHD④】

 

「少しは、静かにしていられないの?」

かつて、そう言われた経験が、ADHDを持つ僕らにはあるかもしれません。 相手が何かを考えているほんの少しの沈黙。 料理が出来上がるのを待つ、ほんの数分の時間。

その何でもないはずの「空白の時間」が、僕らの脳にとってはなぜか耐え難いものに感じてしまう。 そして、その沈黙を埋めるように次から次へとしょうもない話を仕掛けてしまう。

「なんて、落ち着きのない人間なんだろう」 そう、自分を責めてしまったことは、一度や二度ではないはずです。

はじめまして、「凸凹ADHD」のデコさんです。 今日は、僕らを常に突き動かす、この「落ち着きのなさ」の正体と、そのエネルギーがいかにして周りの人々を惹きつける、最高の「魅力」へと変わるのかについてお話しします。

なぜ、僕らの脳は「沈黙」を恐れるのか

ADHDの脳は、「何もない、刺激のない状態」を嫌います。 多くの人の脳が、静かな時間を「休息」として捉えるのに対し、僕らの脳は、それを「ドーパミンが枯渇する、生命の危機」として、認識してしまうことがあるのです。

脳が感じる「退屈」という名の耐え難い苦痛から逃れるために、僕らは無意識のうちに、自分自身で「刺激」を生み出そうとします。 頭の中で、全く別のことを考え始めたり、目の前の人に、しょうもない話を次から次へと仕掛けてしまったり。

これは、決して、僕らが「我慢ができない」からではありません。 僕らの脳が、ドーパミンの枯渇という「危機」から自分自身を守ろうとする、非常に優れた「生存本能」が、作動している証拠なのです。

僕は、先日、この「生存本能」の正体に、はっきりと気づかされる出来事がありました。 それは、今のパートナーと、二人で夕食の準備をしていた時のことです。

パスタを茹でる、7分間。 レンジで、ソースを温める、3分間。

その、ほんの僅かな「待ち時間」でさえ、僕の脳は、「退屈」という名の危機を察知します。 僕は、その沈黙を埋めるように、好きな歌を歌い始めたり、今日あった面白い出来事を、身振り手振りを交えて、彼女に話したりしていました。

その時、彼女は僕を見てこう言ったのです。
「ADHD、出てるよね」と。

その言葉は、非難ではなく優しい響きを持っていました。そしてまた、ここ最近は彼女もこのNoteをしっかり読んでくれています。 僕は、その一言で、新たな気づきを得ました。

そもそもいままで何十年も僕はずっとこうして生きてきたよな。そうか、これが僕の「普通」なんだ。 このほんの数分の沈黙に耐えられず、常に何かをしてしまうのはただ「落ち着きがない」からではないのだと。これは、何でもない時間を、少しでも「楽しい時間」に変えたい、そして、その楽しさを、目の前の人と分かち合いたいという、僕の脳の、とてもポジティブな「願い」だったのだと。

僕の「退屈への不耐性」は、彼女を、そして僕自身を、退屈させないための、最高の「おもてなし」であり、「人を惹きつける魅力」の源泉だったのだと。

もう僕らの「落ち着きのなさ」を欠点だと思うのはやめにしましょう。 それは、どんな退屈な状況でも、自分自身で「面白いこと」を見つけ出し、その場を、笑顔と活気に満ちた空間へと変えてしまう、最高の「エンターテイナー」としての才能なのです。

僕らの絶え間ない動きと、次から次へと溢れ出す言葉は、周りの人々にとって、予測不能で、刺激的で、そして、何よりも、愛おしい「魅力」として、映っているはずですから。

【凸凹ADHD】シリーズ
①あなたの「弱み」は、裏返せば「武器」になる。
②「先延ばし癖」という絶望が、最強の「集中力」に変わる瞬間
③なぜ僕らは「人の痛み」に、誰より敏感なのか
④「退屈な時間」に、1秒も耐えられない理由
⑤「時間」にルーズなのは、脳が「未来」を旅しているからかもしれない
⑥「三日坊主」という絶望が、「リーダーシップ」に変わる日
⑦なぜ僕らは「グループ会話」が苦手で、「1対1」が得意なのか
⑧なぜ僕らの部屋は片付かず、頭の中は新しいことで溢れているのか
⑨なぜ僕らは、絶望の数だけ「最強」になれるのか

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